0874.
「あの馬鹿奴!」と呟いて、私は逸り、浮き立つ。げに目の前に呈示された明白な愚かしさ程、人生を奮い立たせるものは無い。その時の正しい反応としては、こんな下らないものが白昼堂々と顔を見せているこんな世界にはもう一瞬たりとも我慢がならない、と云う感覚が、我武者らな憤激を生むか、或いは生存の停止を射程に収めた逃避願望を生むのである。
0875.
永遠を相手にするには人の一生は余りにも限られていると云うのに、どうやったら、何日何月何年で数えられる程度のどうでもいい様な事柄に関わっていられるのだろうか。少なくとも数十年単位でどうにかなってしまう様な話題は、いちいち語るのに値しない。
0876.
「さて君は何に生まれ変わりたいのかね」
「何にも」
「ナンモニ? そんな生き物がいたっけか?」
「いいえ、そうではなくて、僕はそもそも生まれ変わりたくないんです」
まともな神経の持ち主なら須くこうなる筈である。ところが、誰もがこの地獄から抜け出してお次はあの地獄に入りたがるときている。
0877.
過去も、未来も———私の「死後」でさえ———、この現在の内に在る、その上で、一人ではない。………人が実存していると云うことはそう云うことだ。このややこしい喰い合いに頭を痛め乍ら、何とかぺてんの様に生き延びて行くのだ。
0878.
あらゆる他人との関係が、その場凌ぎの言い訳でしかない、そんな人生を生きている。
0879.
外的な要因によって不幸である者と、内的な要因によって幸福になれない者と、どちらがより一層憐れむべきだろうか? 少なくとも、何等かの改善の余地があるのは前者のみである。
0880.
時々(でもないかも知れないが)モラリストめいたことをついうっかり口走る。但し私が興味を抱いているのは人間性一般と私自身についてのみであって、あれやこれやの人間についてではない。