0831.
たった一つのミス、一つの雑音、一つの不調和が、それまでに為されて来た全ての努力が、やはり根本から無駄であったことを立証する。ほんの微かな不完全性の兆候が、この地上の営み全てが結局の所不様で意味の無い暇潰しにしか過ぎないことを証言する。活動への、行為への、あらゆる意志への方向性がどれもこれも厭わしく思え、この暗愚を救済する手立てが何ひとつ有りはしないことを知る。狂った様に多忙さを求め、さも楽しそうに、充実しているかの様に、動きの欠けた笑顔を貼り付ける。私はそれらの粉飾が、どう繕おうと空虚でしかなく、一体全体何を満たしてくれる訳でもないことを知っている。、だが何かせずにはいられない。無行為の瞬間と共に重苦しい深淵が遣って来る。私はそれが恐ろしい。文字通り、死ぬ程恐ろしい。空回りする焦燥ともどかしい怒りが激情となって私を捕え、放さない。私は脱出しようと足掻く、藻掻く。だが何をやっても効果は無い。舞台裏で誰かがビリビリと台本を破いてしまっているのが見える。だが芝居を止める訳にはいかない。無軌道のエネルギーが暴徒となって溢れ出し、私に戯言めいた台詞を喋らせる。この茶番は何時ま終わるのか。息苦しい。喉が詰まりそうだ。だがどう仕様も無い。明確な手(ごた )えを持った手遅れ感が私にのしかかって来る。


0832.
人が死んだ時にお祝いをする理由は何となく解る。やっかみと自己憐憫を皆で集まって発散でもさせないことには、とてもじゃないが自分達の人生などバカバカしくてやっていられなくなるからだ。だが何故人が生まれた時に「御愁傷様」と一言言ってやる習慣が無いのだろうか。つくづく不人情な世の中と言うべきである。


0833.
精神が活動を放棄してしまい、最早肉体の放出によって一瞬一瞬を虱潰しに潰して行くしかない———そんな夜を幾度も迎えた後で遣って来るのが自問と恥辱であればまだいい。実際は気懈い諦念ばかりだ。


0834.
ひとつの体系によって説明し尽くすこと、ひとつの説明によって全て成し遂げてしまったと思い込み、そこに安住すること———それを死と心得ている者、しかも根気も粘り強さも持ち合わせていない人間にとって、断片化へと向かうのは半ば不可避の止むを得ぬ事態なのかも知れない。何れにしても求められているのは一篇の論文を仕上げることなのではなく、言葉と云う檻によってこの得体の知れない訳の分からぬ代物を飼い馴らすことであるのだから、この一連の無駄な足掻き、この報われることの無い徒な試みの数々は、結局のところ、一生涯付き合って行かねばならないものなのだ。


0835.
税:金持ちが貧乏人にたかる時の物乞いの方法。貧乏人が金持ちにたかる場合とは異なり、支払いを拒否すると罰則が課せられる。
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