0804.
あらゆる偶像は退化の、没落の、崩壊の始まりである。だが初めから頽落に単に呑み込まれてしまっただけの者や、或いは単に呑み込んでしまった者に関してはこの限りではない。


0805.
気の利いた冗談とは須く短いものでなくてはならない。生き過ぎた人生と同じで、必要以上に長々とやり過ぎると、傍目に恰好が宜しくない。詰まる所人生とは一篇の冗談でしかないが、しかし冗談として生き抜くには人生は余りに長過ぎる。面白味が干涸びてしまわない内に切り上げる、それが肝要である。


0806.
何とも有難いことに、この国の政治家は憲法の精神を遵守する意思に欠けていたり、憲法そのものを守る積もりが無いばかりではなく、それ以前に憲法自体がどんなものであるかを知らないときている。しかも最悪なことに、そんな無能な阿呆連中を支持する国民共がウヨウヨしているときてやがる。余りの素晴らしさに明日への活力も湧いて来ようと云うものだ。


0807.
この夜の雨の風景の中で私はずっと、生き乍ら死んだ儘でいる。この生温かく頬を撫でる風、少し濡れて薄く無精髭の生えた顎、谺をみっともなくずるずると引き摺って行く電車の通過音、ぼたぼたとはしたなくアスファルトと口付けする雨垂れ、路肩に停まった車と地面に映ったその影、薄気味悪く下品にライトアップされた街路樹、少しべたついて気持ちの悪いズボン、じゅるじゅるとタイヤがびしょ濡れの路面を引っ掻き回して行く音、訳も無く思い出された様にぽつんと明かりの点いている窓の端の花瓶、疲れたか呆れたかし乍らも休むこと無く定期的に明滅する夜間灯、薄汚れた俗っぽい嬌笑、じょぼじょぼと下水へと流れて行く雨だったものの残骸、道を行く壊れた傘、反吐の出そうな赤く濁った空———そうしたもの全てが、私と同じ次元で存在し、且つ存在していない。余りの低劣な悲惨さを意識することも無く、単そこにぼうっと浮かび上がって谺している。私は自分が生きるべきなのではないかと一瞬思うが、直ぐにそれもまた誰も見る者の無い非在の風景の中へと溶け込んでしまい、もう元の形なぞどうであったか判らなくなる。俯いて吐いた溜息も、さっきは確かに上げた様に思った哄笑も、今は全てどうでもいい疑問符が付けられ、括弧付きの箱に仕舞われて、開けて貰うのを待ってさえもいない。私は目覚めを望んではいないし、またそうなることを期待してもいない。境界上に居る時は境界そのものはどうでも良くなってぼんやりとした背景の中に沈んで行き、あわいがあらゆるものを引き伸ばし、融解させ、遠くへと、私も知らない遠くへと放り投げる。私はひたすらに風景と成り、虚無と云う言葉さえ空虚になる。退屈も倦怠も憂鬱も憂愁も何処かへ行ってしまって、嬉しがって然るべき場合なのであるが、一向にそんな気にはならない。騒音がうるさく喚いている筈なのだが、全てが全く静かだ。誰からも忘れ去られ、あらゆる意味が通り過ぎ去り、どんな目撃者も死に絶えた風景。その全く音のしない、まるで宇宙空間で起きたかの様な、激しくもまるで実在感の無い内爆発に巻き込まれ、私は四散して行く。バラバラの儘で世界を迎え、世界に迎え入れられ、投げ出されて行く………。
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