0751.
可能だった筈の人生の何分の一を、私は今生きているのだろう。


0752.
環境権には日照や騒音、産業廃棄物についての諸規程等は含まれるのに、星空を見る権利が含まれていないのは何故なのだろう。


0753.
のっぺりと入り乱れる巨大なビル群の影達の中にぽつんと落ちた小さな日溜まり、その中に幾人かの男達が腰掛けている。恐らくはビジネスマンとホームレスだ。全員凝っと黙り込んだ儘、凡そ平穏とは言い難い表情で固く目を瞑っている。まるで先刻から陽の光に絶え間無い打擲を浴びせられているのをひたすら耐えてでもいるかの様に、眉間には重く深い皺が刻まれている。口許がどんな表情を浮かべているのかは、防護壁然と巡らされたコート等の襟に隠されて見えない。顎は一様にその中に埋められおり、その所為で全員がまるで今の人生は失敗だった、間違いだったと言わんばかりに項垂れている様に見える。両手はポケットに突っ込まれ、脇は固く体側に密着し、成可く人の形ではなく棒の形になって体から冷たい大気の中へとどんどん奪われて行く熱にしがみついて、出来るだけその名残りを味わおうとしている。風は殆ど吹いていない。街路樹の排気ガスに汚れた葉がさやさやと揺れている程度だ。吐く息も白くなったりはしていない。だが寒いものは寒い。凝っとしていると身震いがする日だ。脚は両方ともだらんと前方に投げ出され、或いは折り曲げられ、だらしなく地面と繋がっている。どの脚も寒さの為に強張っているのが判る。皆一様に黒い服を着ていて、恰も他のもっと派手な色の服を着るのは罪悪であるとのお達しをそれぞれ受けているかの様だ。これと云って特徴の無い、雑踏の中に紛れてしまえばもう見分けが付かなくなるであろう男達、遠目に見るとまるで捻じくれた黒い木の枝が並べて立て掛けられているかの様だ。ホームレスとそうでない者との違いと云えば、来ている物は上等か、顔は垢塗れで黒ずんではいないか、髪はボサボサでないか、精々その位だ。残りの点についてはどれも一緒、疲れ果て、ボロ切れの様に生活に追われて凋み切った生の残骸。何れも同じ。皆、もっと美しくあり得たかも知れない薄汚れた冬の日の朝の街の風景の、醜く薄汚いシミに過ぎない。


0754.
(あした )に道を聞かば、(ゆうべ )に死すとも可也」………だが孔子は朝から夕べまでの半日を一体どうして過ごす積もりだったのだろう。何もしないでいるには長過ぎて間抜けな空白が出来てしまうし、何か行動を起こそうとするには余りにも短過ぎてお話にならない。人の世でこれでいいと思う人生を送るには、一瞬で足りるか、或いは永遠に足りないか、どちらかしか無いのだ。そして我々は皆、狭間で揺れ動く二重の存在なのである。


0755.
何かを為すには絶望的なまでに短く、何もしないでいるには耐え難い程に長い。我々に与えられた時間とはそうしたものである。賢い諦念が経験を積み重ねることによって得られるのかも知れないと、今よりももっと若い頃は半信半疑乍らも希望を託していた。だがそれは空しい望みだった。傷みは慣れて鈍磨することがあるだけで、決して無くなってくれたりはしない。暫く水面下に潜る時期もあるが、機会を窺っては度々浮上して来る。耐えられない。諦めたりなんぞ出来るか畜生奴。今日もまた無駄に足掻いてやる。
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