0689.
たまに、全てが赦された様な気になる時もある。斯くも豊かに満ち溢れた生命………あらゆる愚かしさが限り無い素晴らしい慈しみの前にその棘を抜かれ、今ここに与えられているものを精一杯享受し、ひたすらに敬虔な感謝の念を唱えたくなる時………。だが悲しい哉、そうした時が持続するのを、現実は許可してはくれない。(ほだ )し多かりしこの身としては、再び無敵の殺戮に彩られたこのちっぽけで下らない日常にまた飛び込んで行かなくてはならなくなる………。


0690.
感謝の過剰に溺れない様にしなさいと云う警告を、理性が囁いている………。


0691.
罪深い奇形に生まれついてしまった………他の者はともかく、少なくとも私自身に関して言えばそうだ………。誰かこの事実を知っていてくれるだろうか………。


0692.
「君は———だろう」と言われてもニヤニヤ笑っていられる人物になりたい。同語反復によってしか述定出来ない存在者になりたい。


0693.
こんな私でも時々は、自分の思考の余りの非-体系的なことに呆れ果ててしまう。それでも没-体系的な連中や反-体系的な連中よりはずっとましなのだと自分を慰めてはみるのだが、余り効を奏してはくれない。


0694.
私としては、自分は頭の中身を切り売りする程金に困っている訳ではないと信じたいところではある。


0695.
散歩の目的は、一切の目的を無くすことにある。目当てのある散歩は散歩とは言えない。束縛から己を解き放つこと、決められたレールを一旦取り外すこと、使い慣れた世界の鋳型を抽出しに仕舞って出掛けること、それこそが散歩の醍醐味と云うものだ。


0696.
常に恐怖を引き連れていない人間と云うものがどうしても信用出来ない。今だ迷妄の境に在乍ら、しかもそのことに気付いてい乍ら、自分の同類、自分が知っていると思っているタイプの人間しか、理解出来る積もりにならないのだ。
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