0658.
君のその無駄にデカい口が、唯単にモノを食べる為だけにあるのではないと証明したいのであれば、議論すべきことを議論し、弾劾すべきことを弾劾せよ。その後その口で笑うか微笑むかは君の自由だ。


0659.
私が認識し存在するこの心理的宇宙に於ては、大原則として、知らなくてもいい様なものは何ひとつ存在しない。私と無関係なものなぞ何ひとつ在りはしない。全てが私の一部であって、あらゆるものの誕生と死が、私に於ける変化となって、連綿と繋がっている。これは倫理の領域の問題ではなく事実の領域の問題である。驚くべき深度を備えたこの宇宙に唯一存在している「今」は、あらゆる過去とあらゆる未来とを呑み込んで普遍であり、そして全ての痛みは遅かれ早かれやがてはそこへ終着する。目を背けること、忘れようとすること———それらの、一見違反に見えるあらゆる行為もまた、結局はそこに包含される。


0660.
出現と消失、獲得と喪失の往復運動を繰り返すことによって、人はこの境界、〈現在〉の距離関係を掴み、その度に変容する。ならば気付いた時で良い、自分がそこで何に成ろうとしているのか、世界がどう成ろうとしているのか、一寸立ち止まってとくと考えてみるが良い、少なくとも君の思考はそれによって鍛えられる。


0661
存在の全体性は、あらゆる形に対して過剰である。どんな部分も、遅かれ早かれやがては侵蝕される。ひとつの形に固執する者は自らの死刑執行書にサインしたも同じである。全てを恒久的に支えられるものなど、何ひとつ無い。
 ………さてここでひとつ問題である。そんな中で、数学的諸対象———図形や記号、数式によって表されるもの、と言うよりは、それらを通して、それらの彼方に見い出されるもの———の領域を単なる逃げ場として利用しようとする誘惑を、どうやって振り払う、或いは昇華すれば良いのだろうか?


0662.
私にはどうやら自分では意図せざる時に人を笑わせてしまう才能(?)があるらしい。こちらが大マジメで語っていると、何故か向こうがプッと笑い出すことが時にあるのだ。自分からアイスキュロスに成ろうとしても成れない癖に。ソフォクレスに成ろうとすると何時の間にかアイスキュロスに成っているのだ。そんなに私と彼等の距離は離れているのだろうか?


0663.
その日の夕食のメニューを、いちいち細かいところまで日記に記したりはしないだろう。私の「暴言」の殆どが短いのも、同じ様な理由に因る。


0664.
何時でも何処でも誰とでも、カネは万国共通の価値基準だ。だから何でも平べったくしてしまう。カネと一緒に在ると、リズムはやがて消滅するか隅っこへ追いやられてしまう。
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