0651.
今日も今日とて、部分を全体と頭ッから勘違いしている連中が大きな顔をしてのさばっている。何時だってずっとそうだったではないか? これからもずっとそうであるかも知れないと云うことで、いちいち気に病んだり絶望したりすることはないのだ。取り敢えずお茶でも飲んで一息吐こう。


0652.
他者と少しでも真剣に対話を試みたいと思うのであれば、発言の内容にばかり目を向けていてはいけない。常にそれを具体的な発話状況の中に引き戻してやることが肝要である。我々は確かに世界の直中に何の断りも無しに放り込まれてしまった無力で哀れな存在者達ではあるが、同時に自ら世界を書き換えてもいるのである。


0653.
つまらないしくじりをやらかして落ち込む。特定の誰かの、或いは不特定の顔も名前も無い誰かの、叱り、責め、軽蔑し呆れる声が、視線が、じくじくと意識の表面に突き刺さって来る。それは仲々治まらないささくれの様に何日も、或いは時として何年も何年も、次第に日常の意識の底へ底へと段々に沈んで行き乍らも、私のことを苛み続ける。
 そんな時だ、この世界の不完全さが心底イヤになるのは。こんなに苦労して体裁を繕ってまで、この存在は存在させるに値するだけのものではないのではないかと思い始めるのは。そう思うこと自体がループを成して悪循環に陥り始めて何もかもが面倒になる。そう、お馴染みの、魔の退屈がやって来るのだ。
 問題は、それで私は退屈になるのではなく、退屈を思い出すものだと云うことにある。規定的根本様態としての無意味———個々の存在者の存在性を充足させる意味の欠落・欠如———私を苦しめ続ける先行事象としての〈気分〉………。


0654.
綻びを繕う為の時間は、やけに短く感じられる。それはそうか、幾ら時間があっても足りないのだもの。


0655.
目の下に隈の様に常時貼り付き、既に表情の一部になってしまっている恐怖、怯え、罪悪感———そうしたものを持っていない少年は、恐らく、私とは違った種類の大人になるのだろう。


0656.
結婚:最も広く普及している売春の一形態。基本的には、一人の売春婦が、一人の男性客と数年から数十年に亘り、性的なサーヴィスやその他遺伝子の保全・伝達に関する様々のサーヴィスを提供する契約を結ぶと云う形態を取る。


0657.
確かに私は自分から進んでこの世界に生まれ出て来た訳ではない。だが、どんな人生を送るかはこの私に権利があって然るべきと云うものだ。私は自分の種馬としての意義を強調しようとは思わない。私は家系を預かる者である以前に一個の精神なのだ。私が伝えるべきは模伝子なのであって、遺伝子ではない。
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