0645.
「男には一歩家を出たら七人の敵がいる」などと言うが、よく七人だけで足りるものだ。私なんぞ例えば家を出てから駅に着くまでに、平日ならば少なくともその十倍の敵を見掛ける。え? いやだから、目にした人間略全員だ。


0646.
まぁよくあることなのだが、私が「私」の粗悪な模造品でしかない時と云うものがある。そんな時は、極力そんなことは気にしない、と云う姿勢で臨むことにしている。何せ本当のところ、私は私と折り合いを着けるので手一杯で、それどころではないのだ。


0647.
こんなエイリアン達の真直中で、よく今まで生き延びて来られたものだ。奴等の仲間の振りをするのにも大分慣れて来た(上手くなっているかどうかはまた別問題である)などと、多少自画自賛してみたところでバチは当たらないだろう。


0648.
厳密に言えば、「単なる」(単に事実を述べただけの)言明と云うものは存在しない。言明とは常に或る特定の有限的な状況の中で為されるひとつの行為なのであり、それは世界を単に「写し取る」などと云ったことでは無論なくて、寧ろ世界を新たに創出すること、世界や他者や自分自身と新たな関係を切り結ぶことである。―――常々この様に考えていたひとりの若者が、初めて英米の分析哲学派に属する諸論文や、『論理哲学論考』等を読んだ時のことを考えてみるがいい。これは何かの冗談か? 私の理解が不足している為なのだろうか? 私の知らない何かもっと大きな隠されたコンテクストがあるのだろうか? ―――いや、残念なことに私の困惑は間違ってはいなかった。それらの裏側には何も無かったのだ。幸か不幸か、私にはこうした出会いが頻繁に起きる。


0649.
一度でも夏のヨーロッパを訪れたことのある人間ならば、あそこが何故近代文明の発祥地たり得たのか直観的に理解出来るだろう。「��〜、あ"ぢィ、アイス食べたいィィ」などと言わなければやってゆけない様な土地で、理性的な人間なんて代物が生まれて来よう筈もない。日本でまだ望みがあるのは北海道位のものだ。他は何処も、まともな人間が暮らしてゆくのには適さない。若し夏の盛りの或る日突然大停電が起こって、扇風機もクーラーも動かなくなってしまった場合のことを考えてみるがいい。小さな街でならそれでも後になれば笑い話として片付けることの出来る様なことしか起こらないかも知れないが、大都市でそんなことが起こった日には、賭けてもいいが、間違い無く死人が出る。況してやそんな状況下で額からダラダラ滝の様に汗を流し乍ら難しい本を読んだり複雑なことを考えたりするなど出来る筈が無いのだ。


0650.
君の人生の最重要課題は何かと問われて、直ぐに答えられるだろうか?  私は直ぐに答えられる、この退屈に耐え抜くこと、だ。
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