0609.
実家へ手紙を書こうと思ったことは何度もある。私とて別に鬼の子ではない。私が両親や祖父母の望む様な平凡な成功者にならなかったことに対する詫びであるとか、或いはせめてそのことに対する慰めの言葉、はたまた自分が何故そうした世間様の常道から外れてしまったものなのか、何とか誠意を尽くして説明だけでも試みようかと云う気になって、下書きを書き散らしたことは何度もある。だがその度に、あの余りにも散文的な現実が遣って来て、どうせ私の言うことは彼等には理解しては貰えないだろう、恐らくは私が何を言っているのかさえ、彼等にはチンプンカンプンだろう、と云う予想が容易についてしまって、味気無い諦めと共に、筆を擱くことになる。
 私と私の家族とは元々、決して疎遠だった訳ではない。寧ろ家族とは、特に父とは平静、色々なことをよく話し合ったりもした。だが思い返してみると、世間的な基準から離れた場合に於ける私の行動基準については、何ひとつ実のあることは話しては来なかった様に思う。私はそれを後悔はしていない。後悔の仕様が無いからだ。A言語を話すA国のA氏がB言語を話すB国のB氏と会話が成立しなかったからと云って、自分がB国に生まれなかったことを「後悔」したりするだろうか? 丁度それと同じ様なもので、そのことを時として残念に思うことはあるが、後悔なぞは仕様が無いのだ。これは一種の不幸だろうか? 家族にとっては、先ず恐らく。だがこれはよくあることなのだ。偶々自分達がそれに中ってしまったからと云って彼等に諦めを要求するのは厳し過ぎるだろうが、しかしやはりどれだけ不平不満を言われようとも、私は私の置かれた私の状況を生きてゆくしかないのだ。傲慢だろうか? 多分そうだ。だが私には私自身を護る権利がある。


0610.
自ら星空を見えなくしてしまった間抜けな人間共がその醜い代理として急拵えで作り上げた、安っぽいちっぽけな星空の粗悪な模造品が、更に星空を暗くする———反吐が出る!


0611.
確かに人間と云うのは食べて寝て排泄し生殖し破壊し消費し征服し自覚する能力があると云うのに下らぬことにうつつを抜かす間抜けな生き物だ。だが、だからと云って、それだけでなければならないなどと、一体誰が決めたと云うのか? 最初からこんな調子では先が思い遣られる。この儘では次の段階へ進むことが出来る様になる前に人類はすっかり死に絶えてしまっていることだろう。


0612.
中の具がすっかり固くなってしまっていると云うのに、まだ飽きもせずぐつぐつ煮込み続けている鍋を入れた様な腹を抱え、寝不足で真っ赤になった目を擦って夜明けを見詰める。空一面を覆う雲の城がゆっくりと動いて行くのが判る。疼く頭痛を堪え乍ら、排ガスの混じった不純な朝の空気を吸い込む。何処か遠くでゴミを漁る烏の声が聞こえる。こんな時、私は果たして解放された一個の魂となるべきだろうか、それとも欲求不満の為にうんざりするか怒ったかした一個の醜い小動物と化すべきだろうか。


0613.
無論場合にも依るが、言われている主義主張自体ではなく、そこに絡まる力関係を計算することによって行動を決定することを私は好まない。潔癖主義と言われればそれまでだが、どうしても好きになれないのだから仕様が無い。私の場合、その嫌悪は実際の行動を抑制する程にまで強いので、少なくとも私は絶対政治家や弁護士等には向かない。誰が好きこのんでわざわざ猿山の中に入って一緒になって騒いだりしたいと思うだろうか。
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