0604.
トラウマ化された世界を生きたい、一番最初にトラウマを刻み付けられた生を送りたい、と云うより寧ろ、トラウマからこそ始まった生を生きたいと云う欲望は、多かれ少なかれ手大抵の現代人が持っている隠れた(と、云う風に扱うのが通例とされている)欲望である。古来の知恵は確かに貴重であり蔑ろにすべきではないし、寧ろ積極的にアレンジして活用してゆかねばならぬものではある。だが我々が少しでも進歩したいと望むのであれば、そもそもトラウマが同定され作り出される過程、この原罪の外化・固形化・具体化・拘束・拘引とでも云うべき終わりの無い作業の詳細の是非をこそ何としてでも問わねばならない。


0605.
民主主義は人類の相互不信に基づく制度である。どんなに教育を受けた人間も、どんなに高い理想を語り得る人間も信用ならない、どんなに優れた資質を備えた人間でも必ず何時かは過ちを犯す、そしてどんなに善政を行っても、必ず何処からか不満は出る。だから、常に取り残した可能性を選択し直す余地を残しておくこと、部分としては確かにどう仕様も無く見えたとしても、全体として考えた場合、人類は決して無知愚昧に安住し続けたりはしないと云うことを信じること。


0606.
部分を全体と取り違えてしまったのは、何も君だけではない———そんな慰めが、一体何の役に立つと云うのか。並み居る愚か者達のの内で自分がその最初でもなければ最後でもないと知ったところで、自分が愚か者であると云う惨めな事実は依然として少しも変わりはしないのだ。


0607.
少しでも知識それ自体の為に知ろうと云う欲求を持ち合わせない人間と、私が心を割って話し合うことは何ひとつ無い。


0608.
寝不足で余りにもいい天気で、唯もうひたすら沈み込んで行きたくなる朝と云うものがある。理性も、言葉も、何処かにだらしなく脱ぎ散らかした儘、ホースで放水した時に出来る一時の小さな虹の様なこの微睡みの世界に顔を埋めて何もかも忘れ去ってしまいたくなる朝が。私は怠惰なのだろうか?———そんな疑問さえ解けた氷の様にでろんと流れて行ってしまう朝が。その快感の中で沸き上がって来るメランコリー、これは仕方の無い代物と言うべきなのだろうか?
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