0472.
犯罪が行われるのは手段によってであって、動機によってではない。人が殺されるのは拳によってであって、眼差しによってではない。そこまで言い掛けてふっと湧いて来る躊躇いは、一体何の為のものなのだろう。


0473.
個物に寄り添える人間になりたい。が、気が付くとまた私は、万物の呼び声に合わせて歌っている。


0474.
図書館を失った大学………そんなものは想像出来ないし、したくもない。そんな大学はその価値を8割方失ったに等しい。


0475.
人は殺しても直ぐにまた新しいのがポコポコ生まれて来るが、本は一度破壊されてしまえばもう代替の効くものは存在しない。百の凡人の記憶の消滅よりも、人類全体の記憶の喪失を悼むこうした気持ちは、そうそう公の場で口に出来るものではないが、しかく多くの者の本音だろう。正直私には、アウシュビッツやヒロシマよりも、アレクサンドリアに激しい心底からの怒りを覚える瞬間がよくある。


0476.
希望による生は、絶えず絶望に晒されることを覚悟しなければならない。呪詛による生は、絶えず新たな愉しみと興奮とを見付け出す可能性に溢れている。果たして、どちらがより幸福な状態と言えるのだろうか。


0477.
障害はハッスルの素。否定神学と化したロマン主義。


0478.
白と灰、晴れと曇り、西風と東風、高気圧と低気圧、色々なものがごちゃごちゃと入り乱れて見る間にその様相を変化させてゆく空を凝っと見詰めていて、心が奇妙に打ち震えることがある。そんな時、何か本当に大事なものを今の今まですっかり忘れてしまっていた自分を刺し殺してやりたくなる。日々自らの無知を思い知らされるのが有限者たるものの定めだとしたら、我々は一体何の為に宇宙に対して精神を開いてゆこうとこんなにも必死になっているのか。残酷だ、余りに無情だ。私が見ようとしない空白は余りに恐ろしい。


0479.
正気になろうとする私の努力が結局は全て無駄で、何の感慨も透明さも無く全銀河に押し潰されて死ぬ………そんな最期が恐ろしい。私は泥の中で藻掻いていた一匹のちっぽけな虻に過ぎないのだろうか………。顔を覆って泣く。だが救いは全く何も無い。深淵は、暗く、深く、直ぐそこに広がっている………。
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