0435.
生まれてから死ぬまで一度も満天の星空と云うものを見たことがない人間が、どうして正気でいられるだろうか、私には想像もつかない。真の闇の恐怖と慈愛とを感じたことがない人間についても同じことが言える。


0436.
今や誰も交響曲を書かなくなった。映画音楽か、前衛音楽ばかりだ。これでは、私に、私自身であり続けろと言ったって無理な注文になるに決まっている。人が一人である為には、或る色調を持った多面性を一貫した流れの下に統一する必要があるのだ。


0437.
今目の前に降り頻る雨の一滴一滴、その雫の一つひとつがどの様な軌跡を辿り、どの様な複雑な大気の流れの中を潜り抜け、どの様な来歴とどの様な成分を持ち、どの様な模様を描き、そしてこれから何処へ向かうのか、その一瞬一瞬の同定、輪郭、形、重量、形式………それらを、私は何ひとつ知らないのだと云うことを思い、気が狂いそうになった頃もあった。だが年を取り私も少しは落ち着いた。今は唯じっとりと重い絶望が暗く私の胸を閉ざしてゆくだけだ。実に、全知ならぬ我々がそのほんの一瞬の生涯に於て知り得るものと云ったら、この大雨の中の一滴にすら匹敵しはしないのだ。


0438.
Reputation? HA! I am nothing. You are nothing. Nothing praises nothing. Nothing scorns nothing. ———A silly joke.


0439.
行動に際しては、現実に付き従わなければならない時と、現実を引っ張ってゆかなければならない時がある。しかし両者を混同してしまう人々は多い。おまけに、人々は自分の見たい現実か、今の自分の貧相な頭で理解出来る限りでの現実しか見ようとしないときている。


0440.
ウェルズが選挙制度を信用出来なかった気持ちも、今ならばよく理解出来る。まともな神経を持った人間なら誰だって、これだけ圧倒的な阿呆さ加減を前にして平然としていられるものではない。


0441.
人は時として、自分達が如何に愚かであり得るかと云うことを失念してしまう時がある。ほんの100年前の出来事は、それ程昔の出来事だろうか………。しかも何故か、言い訳と事態を複雑化してウヤムヤにしてしまう能力だけは着実に発達して来ている………。
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