0386.
ものと書くと云うからには私は歴とした病人である。尤も、医者はいないし病院も無く野放し状態なので、何時治るのやら見当も付かない。処方箋は自分で書かなければならないし、それが分からなければそれっきりだ。


0387.
敗北がこの世界の初期設定値であって、たまに勝利を味わうこともあるかも知れないが、一時の気の迷いの様なもので、直ぐ元に戻ってしまう。


0388.
物語を扱う領域に於て、先取りされた結末から先へ進めず、結局それまでの経緯へと遡るしかなくなる現象が相続いている。『スターウォーズ』、『スタートレック』、『バットマン』、『THEビッグオー』(漫画版)、人喰いレクターシリーズ、前作のパロディと化してゆく『インディ・ジョーンズ』等々。


0389.
信用出来る苦痛は肉体的苦痛だけだ。どんな精神的苦痛の背後でも、誰かが寝転がって詰まらなそうな顔でこちらを見ている気がする。


0390.
眼鏡のフレームを壊してしまい、また予定外の出費に金算段に苦労している時に、またはっと気が付いた。また驚くべき程に、私は停滞している。積み上げて来た過去も無く、築いて行くべき未来も無く、唯このぼんやりとした現在と云う淡い領域の内部に閉じ籠って、私は食べ、金を稼ぎ、そして恐らく眠っている。何も生まれず、何も作られず、充分に刺激を摂取している積もりでもその実何も消化されてはいない。生きているのか死んでいるのかさえ判然としない時間の中を漂った儘出口の無いルーティーンを繰り返す。ここに居場所なぞ無いと解っているのに、そうではない場所を探すのに疲れ果て惰性の儘に彷徨うだけの生の軌跡を歩んで行く。差し伸べられる手とて有る訳がなく、向けられる眼差しもまた皆無、忙しく立ち働いている様でい乍ら、その実は動物的な即自にへばりついて、深淵も高みも果てし無い広がりも知らず、恥も無く後悔も無く、魂の物乞いをして食い繋いでいる。そしてそれを恥とも悍ましいとも穢らわしいとも思わず、本当に見たくないもの、知りたくないものにも平然と知らんぷりを決め込む。言葉が占めるべき場所を音楽が占有し、時間は永遠と繋がろうとせず、唯流れとしてのみ変転を許す。沈黙は単に音の欠如と化し、善もまた単に悪の不在と化し、それらの逆転が存在の優先順位をひっくり返す。情報はまるで排泄行為の様に頭の中を徒らに通過し、感動は個物への執着によって齎される。問う力も怒る力も嘆く力も湧いて来ず、凝っと澱んだ沼の様に精神が外側からどんどん腐ってゆく。凪いだ海面の下には何も無い、何も無いのだ。まるで痴呆の様な平和にどっぷりと首まで浸かり、何を待つ訳でもなく時間が私の横を通り過ぎるのを唯ぼけっと眺めているだけ。疑問も涸れ果て自律は(たわ )み、驚異はすっかり錆ついて鈍くなってしまっている。………
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