0220.
親子連れを見た。ひとりの人間として如何にも弱くて無力そうな母親が倒れて、七、八才位の子供がわんわん泣き叫んで彼女に縋っていた。その子の泣き方が———全くの嘘泣きと云う訳ではない、唯些か………如何にもと云う具合に泣き過ぎる、演技過剰だったのだ———私を遣る瀬無い気持ちに陥れた。こんな子供まで、悲劇を演じる術を知っている———この子は将来、自分が今演じている舞台から下り、自分を観客席から眺めてみることがあるのだろうか、今の楽しみの中に潜んでいるいびつさに気付くことがあるのだろうか、自分の中にあるあらゆる狂信の種に気付くことがあるのだろうか………。それとも気の多い女の様にあれやこれやの出来事に目移りしてはいちいち宇宙や人類の運命をその中に見てしまうこの私の方が些かナーバスなのだろうか?
 その後その子が第三者に向けた如何にもな笑顔は、病弱な母親の健康状態なぞ気にはしてはいなかった。その目はもっと別な所を見ていた。


0221.
死んだ動物の肉片を元の形が判らなくなるまでに細かくコマ切れにし、しかもそれを蛆の集合体の様な形に変形させ、剰え更に火で焼いたり焙ったり、或いは死んだ動物の内臓の皮膜にそれを包み込み、尚も悍ましいことに何とそれを食べる!———しかも美味しそうに!———こんな変態的な猟期的行為を最初に考え付いたのは一体誰なのやら。やはり独逸人のやることは測り知れない。


0222.
人生の送り方について一般論をぶちたがる連中と云うのは………あれは要するに、一般論で語り尽くせる様な人生しか送って来なかったと云うことなのか?


0223.
今日もまた私の中のデモンが荒れ狂って私を追い立て言葉を探させる。世の中にはこれだけ大量の本が満ち溢れていると云うのに!


0224.
この世に存在していない現金が人の人生を動かすことに何と甚大なることか! 例えばあらゆるローンはギャンブルである。或る人間が後30年も生き長らえるなどと、一体何が保証してくれると云うのだろう?


0225.
私には澄み切った星空が必要だ。でないと今直ぐにでも窒息してしまう!
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