0207.
道具が便利になればなる程、それを使う側、或いはそれを使う、乃至は使いこなすと期待される側もまた、それに見合った便利な存在であることを要求される。便利になった分、今まで以上に益々多くのことが、もっと短時間で、もっと少ない労力で、もっと効率的に出来る様になる。………このループには際限がない。が、この過程が、特に情報処理の分野については、ビッグ・ブラザーを生み出さなければならないと云う必然性は何処にもない。営利が、利潤が至上の命法として有形無形の福祉の上にあらゆる選択肢を超越して君臨する時、その便利さが元々奉仕する筈のところのものだった人類の幸福は置き去りになる………。
 物事にスムーズさを求める、殊に都会の労働者、とりわけ高級取りの人間の偏執は、既に異常な域にまで達している。職場で、駅で、道路で、コンビニで、レストランで、ホテルで、凡そ金のかかるあらゆる場所で文句を垂れる彼等の成長を停止した頭の中では、口を開けた時に直ぐそこにエサがある様な環境を整えることこそが一人前になることなのだ。やりたいことを直ぐ簡単に出来なかった時の彼等の駄々捏ねは、時に他人を巻き込んで非常に迷惑である。だが周囲に便利さを求める彼等は、自分自身が便利な存在になったとしても、密かに文句は言いつつもその状況そのものは甘受してしまう傾向にある。彼等の鬱憤は消費者の立場になった時に最大限に晴らされることになる。便利でないものは存在するな、便利になれない者は死ね………。


0208.
今日も適当に距離を取って如何にも無害そうな笑顔で武装する。だが、その「武装している」と云う事実を相手に悟られてしまっては、所期の目的達成率は半減してしまったことになる。無名のものになれないとは、私もまだまだ未熟な役者だ。こうして意図されたものではなく出来上がってしまった距離感はレンズの様な働きをして、私とは異なる大きさと比率とを持った誰かの影を、私の上に押し被せる。そこで鏡に映った私は行き場を失って何時までも同じ所で未練がましくうろうろとうろついていることになる。



0209.
数学は絵画と同じく、精神の平衡を保つ為には非常に宜しい。が、数学について (、、、、 )考え始めてしまっては、全くの逆効果となる。無邪気に「?」を繰り返している裡はまだいいが、余り深く掘り下げ過ぎてはいけない。数学科の教科書に載っている様な定理の更にその先を問うてはいけない。そこには、曾て真剣な思索も奔放な空想もその一片だに予想し得なかった果ての知れない深淵が、ぽっかりと口を開けて待ち受けているのだ。この危険性は幾ら強調しても強調し過ぎることはない………。


0210.
ネクタイ:主に近代の奴隷が着用する首輪の一種。一旦着装してしまえば、飼い主が端を持っていなくとも、着けられた者は従順に言うことを聞く様になる為非常に便利。また人件費全体に比べれば比較的安価であるにも関わらず、ネクタイの見栄えの如何によって、自分から進んでその境遇についての何等かの矜持を作り上げるように仕向けることも出来る為、特に使い方の荒い飼い主の間では重宝がられる。
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