0086.
人類の未来に関して私が採っている立場は———こう云った言い方をしても聞いた者が卒倒を起こさないでいてくれるとしたらの話だが———「方法論的絶望」とでも云うべきものなのだが、これは近代人類文明と云う一種の災害がドラスティックな成長を遂げている現在、我々の大部分が今だ慎重に理性的に事態に対処する為の準備が出来ていないから選択された立場である。冷静に現実を見詰める為には、その重要性を先ずは認識しなくてはならない。我々は正しく今ここで焦り、狼狽え、憤慨し、悲嘆すべきなのだ。


0087.
今日の様な暑い日には、ステキなアイスクリームを口にする官能に優る喜びはない。甘いものに対する私の嗜好は時として恍惚の域にまで達するが、今日のこれはそのひとつだ。こうして私はまた自分が一箇の肉体であってよかったと思う瞬間を持ってしまうのだ。何故そのことに気付く前に死んでしまわないのか、我乍ら不思議に思うこともある。


0088.
時々、人類は果たして本当にこの地球と云う惑星上で進化して来たのか疑いたくなることがある。個々の理由は様々だが、色々考えるに詰まるところ、重力とそれが奏でるリズムに対し、それらに適応している筈の我々の肉体がちょっとしたきっかけで実に容易く調律を間違えてしまうのを日々目にしているからだ。これは単に環境依存的であらざるを得ない肉体の脆弱さに還元し切れる問題ではない。都市と云う新たな環境は人類とこの惑星の生命圏に何を齎したのだろう、この広大な天体現象のパノラマに於ける自らの位置について人類に新ためて考えるきっかけを与えただけなのか、それともそれ以上の奇々怪々な変化を実際に創り出しているのだろうか?


0089.
人が憂鬱になるのにいちいち理由はいらない。


0090.
破壊すること完成することはよく似ている。どちらも、それによってその対象は過程であることをやめるからである。従って、例えば愛による殺人———愛に起因する嫉妬や憎しみによるものではなく、文字通り愛の為の殺人———や、その他の様々な形式の喪失もまた、愛やその他の形式の賛美されるものどもがその権利を認められるのであるならば、同様にその権利を認められるべきである。


0091.
或るものがひとつの項として同定される時には、その同定から洩れ零れる筈の項の一切が存在することになる。そして世界はその関係性の渦の中に否応なく巻き込まれ、その繊細さも複雑さも無境界さも何処かへ消えてしまう。或る項が現れる際に未だ認知されざる他の一切の同次元上の項の為にも、また、そもそも一が一として同定されることによって閑却されることになる他の一切の他次元上の可能性の為にも、私にはそれが耐えられない。It makes me sick. これに伴う世の信じられないばかりの無神経さは明らかに精神の病の徴候であるが、無神経な人間から見ればこちらの方が余程病に罹っている様に見えることだろう。だがこうした感覚は精神の生理的拒絶、免疫反応とでも云うべきものであり、また同時に自らを正気に保つ為に遵守しなければならぬ第一の倫理規範でもあるのだ。この点に関して私は第一義的に言い訳をしなければならない如何なる必要性も認めないし、またそうする積もりも全くない。
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