黒森牧夫の暴言の数々
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1365.
成る程確かにこの宇宙では私が一個の肉体であることは必然であるらしい。が私はそうしたことが必要だとは思わない。
1366.
個我の発達した人間社会と云うものは、詰まるところ精神病院とそう大差は無い。誰もが理解不能な言語を用いて理解不能な事柄について喋り、理解不能な欲望や欲求、理解不能な目的や動機に因って理解不な行動を取る。そして自分の喋ることやすることは他者と通約可能であり、従って共有可能であると云う過剰なまでの期待を抱いている――と云うか、不当に当然視しているが、実のところ当人達にもそれが本当に通約可能なのかどうかは分かってはおらず、またそもそもその通約可能な部分が本当に自分に属しているものなのかどうかさえ、証立てることは出来ない。
1367.
恐怖の基本的な原因のひとつとしての他者の眼差しには大別して二通りある。振り上げられた凶器の様なものと、振り下ろされた凶器の様なものだ。平穏な人間社会は殆ど前者によって支えられて言っていると良い、後者は、眼差されたものが不完全な欠落者であり、調和と秩序の円滑な運営を妨げるものであり、この世界の穢らわしい汚点、薄汚い染み、見苦しい有罪者、要するに悪、単に不出来だと云うことではなく、積極的にせよ消極的にせよ、要するに「悪意」の上に花開く邪悪であると弾劾する、鉄の鎚である。両者に共通している点はと云えば、それが仮令否定形と云う形であるにしろ、あるべき関係性に向けて、眼差された者が持っている諸々の可能性を殺ぎ落とし、削り取り、矯正し彫琢することである。我々が他者や自らに対して向ける仮面は、そうやって内と外とに出来た頑丈な鉄格子をようやっと擦り抜けられた部分によって作り上げられる。そしてその格子を通り抜けられなかった部分はやがて沈潜して見えなくなり、刑の執行日を知らされていない死刑囚が抱く様なより悪質で根深い恐怖を育む土壌と成る。
1368.
どんな暴力も、見えなければ存在していないも同じ。どんな悪意も、気にしなければ誰も傷付くことは無い。どんな醜いことも、鏡に映らなければ良心も咎めたりはしない。一匹の鈍感な獣であれば、平和の裡に正しく在ることが出来る。
1369.
最重要なのは文体だ。何が起こったかということはそれに比べれば二次的な問題である。優れた作品を特徴付けるものは個々の風味であって、材料とされる出来事の支配は、最終的には限定的である。質が問題になる時は1Hは5Wに優越する。無論両者の関係は完全に任意のものではあり得ないが、後者が前者を完全に規定してしまうことが無いのに対して、前者はその必然の結果として後者の次の姿を導き出す。