いるか分からぬ神様よりも
   気のいい悪魔の方がいい
     酒飲み先生はそう呟いて
       三本目のワインをぐいっと空けた
ぐびぐび がぱがぱ とぶとぶ ごくん
 (くろがね )ベリーの黒光りするジャム
  たっぷりぬたくったビスケット
ばりばり がしゅがしゅ もふもふ ごくん
 アスパラガスをたっぷり詰めた
  丸々太った鶉の丸焼き
ばくばく ぼりぼり にちゃにちゃ ごくん

   門には立派な三つの余弦
    先生の考えた大した定理
     お陰で沢山の金と名誉と
      肖像持って来た幸運の卵
  だけど先生 金が出来るや
   みいんなほっぽり出して酒宴三昧
    呆れた者達が諌めても無駄
     とにかくそれから酔わぬ日は無し

 思い煩うな同胞 (はらから )達よ
  所詮人など無力で無能
   挫折と失意に定められし死を
    迎える為に生きているだけ
伸ばした手には失望の小枝
 助け呼ぶ声には哄笑の谺
  無知に閉じ込められたるが儘
   訳も分からず過ぎ行くのみよ
 さればこの世の迷妄でこそ
  今ある美をば楽しむが吉
   差し出されたるグラスを取って
    飲むのが賢い者と云うもの

  歌えや歌え 憂いなど忘れ
   騒げや騒げ 耳を塞いで
    涙の出る迄笑い転げて
     智恵などどぶに投げ捨ててしまえ
   どうにも愉快に笑った先生の
    口許いびつに含んで歪み
     時折見せる難しい顔に
      呼ばれた女共は戦々兢々

そこへいきなり飛び込んで来た
 野豚が一匹 どすん ばたん
  料理の匂いに釣られたのやら
   食い意地を張ってしっちゃかめっちゃか
 街外れなんぞに家を建てるから
  夜風に乗ってエサの誘惑
   酔狂も風情ももう何処へやら
    上を下への一大混乱

  部屋の中は早やすっかり滅茶苦茶
   料理も酒も花も掛軸も
    大事な大事な本棚も机も
     一切合財荒らされ放題
   先生やにわに刀を取って
    半狂乱で野豚を追い駆け
     絨毯に足を取られてごろんと
      転んだところを一刀両断!

 凄まじい悲鳴に飛び散る血飛沫
  辺りは一面大した惨状
ぜぃぜぃ はぁはぁ ひぃひぃ ふぅふぅ

  先生そこで荒い息吐いて
    乱れた服に血塗れの儘
      もううんざりだって顔を浮かべて
        突っ立った切りおっ死んじまったとさ



inserted by FC2 system