曾て人がここにも確かに居たのだと
  手で触れてみる夏の日の午後



風が只汗を拭って去って行く
  私が雲間にどんどん消えて行く



「美しい」そう言ってみて何とまぁ
  言葉の余りに空疎なことか



長靴を脱いで草葉の上に置く
  疲れを握り締めてみる凝っと



この静けさを如何にとやせむ
  唯一人尾根を下りつつ耳を澄ましつ



道なりに来た筈なのに気が付けば
  濃くてうるさい薮の中に居た



雲海に遠い郷愁を誘われて
  呼び掛けてみる谺は有るかと



夏の日の打ち棄てられた道に立ち
  唯蝉の音に痛みを感じる



歩く内異界の縁に立ってゐる
  眩暈がしそうな程高嗤う



憂愁が眠る晩夏の窓開けて
  稜線の尚彼方に目を凝らす



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